前にこのコラムで,管理費債権を放棄するには区分所有者全員の同意を要するとの見解があること,私見はこれと異なることをお話ししました。今般,上記の見解を断言する文献を目にしましたので,その説について論じたいと思います。
『マンションの滞納管理費等回収実務ハンドブック』(滞納管理費等回収実務研究会著,民事法研究会H25年発行)の160頁に,管理費等の滞納金を放棄することについて,「これは共有財産の処分になるので『全員』の合意が必要である」との記述があり,民法251条が引用されていました。
なるほど,民法251条で「他の共有者の同意を得なければ」できないものとされている「変更」について,通説は,法律的に処分することを含むと解しています。そして,民法251条は,民法264条によって「法令に特別の定めがあるとき」を除いて「所有権以外の財産権」に準用されています(このように「所有権以外の財産権」について,共有の規定が準用される関係を「準共有」といいます。)。そうすると,一見,上記文献の記述のように,管理費債権についても民法251条の準用があるといえそうです(民法427条は可分債権については各債権者に分割して帰属することを原則としており,分割されてしまえば準共有が成立する余地はありませんが,「別段の意思表示」によって不可分とされた場合には,なお民法264条が適用されると解しうるでしょう。)。
しかしながら,管理費債権その他の管理組合の財産である債権について,準共有が成立していると考えると,困ったことになります。共有者は共有物の分割をいつでも請求できるとされているからです(民法256条1 項)。区分所有者が管理費債権や管理組合の預貯金について持分に応じた分割を請求した場合,管理組合は請求に応じなければならないのでしょうか。
実際には,個々の区分所有者は,たとえ区分所有関係から離脱したとしても,組合財産の分割を請求することはできないと解されています。そのような法律関係
を上手く説明する講学上の概念が「総有」というものです。一般に法人格のない管理組合は,権利能力なき社団であると解されていますが,この権利能力なき社団における財産の帰属については,社員の総有であるとして説明されます。総有では,共有や合有と異なって個々の構成員の持分は潜在的にも認められないもの
とされます。すなわち,管理費債権は区分所有者全員に総有的に帰属するものであって,民法264条が適用される準共有の成立は認められないと考えるのが適当でしょう。
ところで,共有の場合,共有者全員の合意を得ることなしに法律上の処分ができないことは,処分が一部の共有者によってなされた場合,他の共有者 の持分を侵害することになるから当然の事理だということが可能です。実際,これが共有物について共有者全員の合意なしに法律上の処分ができないことの理由であって,民法251条はこのことと無関係だとする見解も有力です(『新版注釈民
法(7)』452頁)。)
ところが,総有では,そもそも個々の構成員に持分が存在しません。そうすると,総有に属する管理費債権について「全員の合意なしに処分できない」ものとすることには,少なくとも共有の場合のように当然の事理とする根拠は無く,なぜそのように解さなければならないのか独自の理由付けが必要となります。
以上のとおり,民法264条(が準用する民法251条)の存在も,「管理費債権の放棄には区分所有者全員の合意が必要」とする説の根拠とはなりません。同説の合理的根拠は未だ私には不明です。